上州の「空っ風」が似合う湯治場。/湯宿温泉

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【群馬県:湯宿温泉/湯本館】

 

昨秋、湯宿温泉(ゆじゅく おんせん)を初めて訪ねた。

群馬県利根郡みなかみ町にある、小さな温泉地だ。

群馬には草津や伊香保など、全国に知られた名湯も数多いが、

この湯宿温泉は、テレビ番組やガイドブックでは、

めったにとりあげられることがなく、ご存じない人も多いだろう。

 

都会からさぞ離れた田舎の奥地なのだろうと思われるかもしれないが、

実は東京の上野から上越線の鈍行列車で2時間ほど行った、

JR沼田駅か後閑駅が最寄り駅で、路線バスで20~30分ほどの場所にある。

新幹線なら上野から約1時間の上毛高原駅からもバスで往復できる。

 

バスを降りると、もうそこが温泉街だ。アクセスもいい。

温泉街といっても、5~6軒の宿に商店と飲食店が若干数あるだけの、

素朴な風情は「湯治場」といったほうがふさわしいか。

 

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バスを降りたのは、私のほかに中年の男性ひとりだけだった。

しばらく佇んでから歩き出すと、冷たい風が音もなく通り抜けてゆく。

夕闇がひろがり始めた細い路地は静かで、

石畳をたたく自分の靴音が聞こえるだけだ。

 

この町は、つげ義春が昭和43年に発表した

短編漫画『ゲンセンカン主人』の舞台にもなった。

漫画に描かれていたのは、老婆がニッキ(駄菓子)をしゃぶり、

おはじきをして遊ぶような年寄りしかいない、うらぶれた町だった。

さすがに当時ほどのひなびた感はないが、所々に古い家屋も建ちならぶこの町には、

まだ、昭和のころの面影を色濃く残す部分も多い。

 

つげが宿泊し、作品の着想を得たのが

温泉街の一番奥まったところにある「大滝屋旅館」という宿だ。

当時は木造2階建てだったようだが、

いまや、鉄筋コンクリート造りの近代的な宿に変貌している。

 

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ただ、そこへ至るまでの狭い路地には古びた木造家屋も残っていて、

なんだか、つげ漫画に出てくる天狗の面をかぶった中年男が

いまにも路地の曲がり角から歩いてきそうな趣なのである。

 

この狭い温泉街に、共同浴場が4軒も建っているのは面白い。

100円程度の心づけを入れ、地元住民以外の人も利用できるようになっている。

周辺の民家には内湯のない昔ながらの家も多いのか、地元の人々が利用するようだ。

 

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4軒のうち1軒に入らせていただく。

共同浴場の中は、あまり広くないが

3人ぐらいまでなら良い塩梅だ。なにより、湯がいい。

濾過や循環など無粋なことは一切していない、源泉かけ流しである。

 

隣の女湯から、幼子と母親とお婆ちゃん、

家族3代での団欒入浴の話し声が聞こえてきた。

こういうときに思うのが、小さいうちからこういう場所や銭湯で

世の中のルールとか、道徳を学ぶということも必要だなあということ。

 

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4軒の共同湯をはじめ、周辺の宿の風呂にも源泉を供給している宿が、

ここ、「湯本館」である。敷地内に源泉を持っていると知り、

迷わずこの宿に予約を入れ、泊まることにしたのである。

門柱に「湯本作太夫」という札がある。代々の当主の名であろう。

 

宿そのものは、何度か建て替えられているようで、

鉄筋コンクリート造りで、別段風情があるわけでもないが、

昔ながらの温泉宿といった感じで、なんだか落ち着ける。

 

特筆すべきは大浴場。ドーム型の天井の高い浴室に、

円形の大きな湯船、というより湯壷が浴室の中央にぽっかり空いていて、

そこには源泉があふれ、波打っている。

湯壷は深く、入ってみると胸ぐらいの高さまで浸かってしまう。

 

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湯は無色透明だが、見るからに良質な湯で

硫黄・石膏の匂いが、しっかりとついている。

共同浴場でも泉質は同じだが、より源泉に近いこちらのほうに力を感じる。

 

こういう温泉に長湯するときは、入るほうも心構えをして

5分ごとに身体を湯舟から出して休みながら入らないと、

かえって湯疲れしてしまう。

それはもちろん、温泉が持つ治癒の力の所為なのだが。

 

ちなみに、ここは混浴である。脱衣所も共同…とはいっても、誰も入ってこなかったが。

これ以外に小さめの女湯や貸切風呂もあって、宿自体満室になることも少なそうだから、

夫婦やカップルで来ても、さほど困らないだろう。

 

温泉の成分である石膏が、源泉の注ぎ口の石にビッシリとこびりついていた。

あふれる源泉を、柄杓ですくい飲泉できるようにもなっている。

湯ざわりが気持ちよく、湯壷の淵に放心したように座っていた。

 

夜は暗くて見えなかったのだが、翌朝、浴室脇の中庭で源泉湧出地を見ることができた。

この中庭の源泉から、町内すべての風呂へ供給しているようだ。

開湯1200年の歴史を持つというが、昔からこうして、ずっと大切に守られてきたのだろう。

毎年2月8日には、町中の人が集まって、ここで開湯式が行われるらしい。

 

宿泊代は1泊朝食付きで6000円弱だったのだが、

1泊2食でも8000円だったし、温泉街には蕎麦屋が1軒あるだけだったから、

夕食もつけてもらうべきだったかもしれない。

おそらくこの宿ならば、さほど重い夕食も出てこないだろうから、

次回来るときは2食付きにしようと、後から思ったのである。

 

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外へ飲みに出ることに関しては、この温泉には店がないから期待できない。

ただ、その唯一の蕎麦屋で頼んだ、おでん(玉こんにゃく)、

仕上げのもり蕎麦は上州だけあって、そこそこ旨かった。

 

翌朝は朝食後に、散歩がてら裏山に登り、薬師堂や祠のある山頂に行ってみた。

たいして高い山ではないから、軽く息を弾ませる程度で到着できる。

このお堂は沼田の5代目藩主・真田信利(信直)が、湯宿温泉で湯治し、

痔が治ったことを喜んで、建立させたといわれている。

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この温泉と真田家とのかかわりは深い。

あの真田幸村の実兄として名高い、沼田領主も務めた真田信之が

関ヶ原の合戦後に疲れを癒すために訪れたのをはじめ、

以来、5代までの歴代の藩主が湯治に訪れたといわれている。

 

信之が浸かったのも、湯本館の源泉に相違あるまい。

93歳という長寿を生きた真田信之は、温泉の良さも知っていたはずだし、

ここで湯の神様に恵みを感謝し、息災を祈ったことがあったかもしれない。

 

知る人ぞ知る上州のひなびた湯治場・湯宿温泉。

観光客としての気楽な意見ではあるが、

本当のやすらぎを求めて訪れる湯治客のためにも、

ひっそりとした今の風情のまま、細く長く続いてほしいと願っている。

 

●記事:哲舟

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mail5555

2013-06-05 | Posted in 関東/中部No Comments » 

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