ひな研ブックス

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「つげ義春の温泉」つげ義春 ちくま文庫

この本はもう、ひな研のバイブルといいたい。いわゆる「つげ義春的な温泉」というのは、今やある種の温泉マニアの間では、ひとつの立派なジャンルになっているわけだけど、この本には“つげ義春的”どころではなく、ずばり、つげ義春が訪れた実際の温泉地が、本人による写真や細密なペン画で満載されているのである。屋根は藁葺き、道路は未舗装。温泉もなんとも“夜明け前”な感じでグッとくる。本人による写真を見るというのは、つまりはつげ自身の視線を追体験するようなことなわけで、そう考えると本書がバイブルといいたくなるような本ということがおわかりいただけるだろう。「つげ義春的な温泉」が好きな人なら飽きることなく折にふれて楽しめる一冊だ。迷わず買ったほうがいい。

 

「ねじ式/夜が摑む」つげ義春 ちくま文庫

つげ義春と「ねじ式」を切り離して語ることはできない。しかし、こんなシュールきわまる漫画がなぜ、これほどまでに心をざわつかせるのか?それは、つげ自身がいうように「ラーメン屋の屋上で見た夢」をもとに描かれたからであって、つまり夢のリアリズムを追求して生まれたのが「ねじ式」だった。夢に着想を得たというレベルではない。夢のはちゃめちゃでありながら強烈なリアル感を、そのまま描いてしまったのが「ねじ式」だったというわけだ。この作品の得体のしれない説得力のようなものも、うなずけるのである。
そしてもうひとつ、忘れちゃならないのが「ゲンセンカン主人」。かつて場末の温泉宿ゲンセンカンを訪れた男が、女将とできてしまい、そのまま宿の主人になったという。そんな話を聞かされた旅人の男は、まさにそのゲンセンカンの主人にそっくりであり、男は、かつての男がそうしたように天狗の面をつけてゲンセンカンへ向かう…場末感たっぷりな世界観の中、虚構がメビウスの輪のようにつながった衝撃作だ。そういえば、映画「ゲンセンカン主人」のキャッチコピーは「捨てたはずのわたしが、今夜わたしをたずねてくるのです」だった。
本書は「ねじ式」と「ゲンセンカン主人」が読めるだけでもお買い得といえる一冊なのだ。

「ねじ式」の原風景のレポート記事はこちら

 

「紅い花/やなぎ屋主人」つげ義春 ちくま文庫

本書には、つげ義春漫画の、いわゆる「旅もの」作品が収められたシリーズ。時おりしも戦後の欧米化の波に乗った高度成長期の日本。つげ義春は藁葺きの家など失われていく日本の村の風景を求めて、観光地ではない、温泉地などを旅した。そんな旅の中から生まれたのが本書に収められた作品なのである。つげ独特のユーモアあふれるストーリーと細密に描かれた風景描写が、なんともいい味を醸し出しているのである。中でも表題作の「やなぎ屋主人」は、つげ特有の蒸発願望が、なんともつげ的に作品に昇華された傑作といえるだろう。

 

「苦節十年記/旅籠の思い出」つげ義春 ちくま文庫

つげ義春の魅力は漫画だけではない、エッセイもなんとも不思議な引力をもっているのだ。本書にはつげ義春の「旅物エッセイ」と「自伝的エッセイ」が収められているが、ひな研的にはやはり「旅物エッセイ」に心惹かれてしまう。今ではすっかり貴重になった、昔ながらの行商人向けの旅籠に好んで宿をとったという、つげ義春の旅の様子が淡々と語られるなかに、エッセイならではというべきか、この人独特の視点がかいま見えて、それがなんとも味わい深い。高度成長期以前の田舎の風景が描かれた細密なペン画が多数収められているところも、この本の大きな魅力である。

 

「つげ義春を旅する」高野慎三 ちくま文庫

つげ義春の旅を追体験したいという人にとって本書ほど恰好なものはないだろう。「ガロ」の元編集者で、つげ作品の誕生に立ち会ってきた著者が、つげが旅をした足跡を追って、東北の湯治場から千葉の漁港の路地裏、上州の宿場町、会津西街道へと訪ね歩く。「ねじ式」の機関車が到着する漁村の路地、「ゲンセンカン主人」のモデルになった温泉地など、作品の舞台も多数登場するところもファンにとってはうれしいところだ。著者とつげ義春との対談も興味深い。本書を片手に、いざ、つげ旅へ出かけよう。

 

「つげ義春 夢と旅の世界」つげ義春 とんぼの本

2014年芸術新潮1月号「つげ義春 マンガ表現の開拓者」は、発売されて売り切れになるやいなや、アマゾンで古本が三千円、四千円と五千円とどんどん高値になっていったことが記憶に新しい。本書はそのムック版である。「ねじ式」「外のふくらみ」「赤い花」「ゲンセンカン主人」といったつげ作品を代表する傑作が、ホワイトでの修正跡も生々しい原画で読めるのだから、それだけでも、つげファン大喜びの内容なのだが、それだけではない。ほぼ隠棲状態にあるような現代のつげ義春氏への4時間にわたるロングインタビューや、“蒸発”を夢想しながら旅をかさねた60年代70年代に撮影された、つげ作品の原風景というべき数々の写真など、つげファンが「こういうのを待っていた!」と叫ぶこと必至の内容なのである。とくにインタビューではつげ氏の「夢と創作との関係」が本人の口からあかされて実に興味深い。これで1800円は安いぐらいだ。新潮社さん、よくぞ出版してくれました。ブラボー!

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「四次元温泉日記」 宮田珠己 ちくま文庫

温泉につかることにほとんど興味がなかった著者が、迷路のような日本の温泉旅館に惹かれて、じわりじわりと温泉ファンになっていく。行間に感じられるその心の動きが面白い。温泉好きの人なら著者が日本の温泉文化に引き込まれていく様子を「そうだろう、そうだろう」とにんまりしながら共感を持って楽しめる。温泉ビギナーなら、この本から温泉文化魅力発見の旅に出かけてみてはどうだろう。著者いわく、日本の温泉旅館はアトラクション感あふれる異次元ワンダーランドだった! 名湯を巡る珍妙湯けむり紀行14篇。

 

「温泉へ行こう」山口瞳 新潮文庫

無計画な温泉旅行のドタバタが楽しい大御所直木賞作家の温泉紀行。内田百閒の「阿房列車」っていえば、本好きの間では、ドタバタ紀行文の名著として名高いけれども、この本はそれの温泉版っていいたいような楽しい本なのだ。旅は予定調和ではつまらない。ドタバタこそ思い出になる。そんなドタバタを書きながらも、行間から湯煙がたちのぼっているようなところは、さすが山口瞳なのである。

 

「温泉旅行記」嵐山光三郎 ちくま文庫

自称、温泉王である嵐山光三郎センセーが著したこの本は、なによりも温泉愛に満ち満ちている。そして、いい温泉宿とは「人気がある奥の温泉のひとつ手前にあるもの」だとか、いい温泉の条件は「湯に情感がある」ことだとか、ひな研的にグッとくる名言もいっぱい載っている。手ぬぐい片手に浴衣姿で温泉街をそぞろ歩けば、地元の人との人情味あふれる交流が待っている。と、まあ、日本の正しき温泉街の情景が、90年代に書かれたにもかかわらず、リアルにじわじわ感じさせてくれる本なのである。

 

「鉄輪」藤原新也 新潮社

著者はじめての自伝小説でもあるけれど、やっぱり現実の風景でありなら浮世離れしたような藤原新也の写真が圧巻なのである。温泉地の叙情がここまで皮膚感覚的にビジュアル化されたものはほかにないだろう。そんな写真と見事にシンクロしている、ひとつひとつのショートストーリーがまた、もの悲しくって実に味わい深い。本書は、家族無一文で流れ着いた温泉地の鉄輪で、藤原新也少年の目を通して映し出された、リアルな湯の町エレジーなのだ。

 

「秘湯、珍湯、怪湯を行く!温泉チャンピオン6000湯の軌跡」郡司勇

タイトルを見るとフツーの人には無理なキワモノの温泉ガイドっぽくもあるんだけど(実際、そんなキワモノも少なくはないが…)、なによりも温泉の楽しみどころとはなにか?を「温泉バカ一代」が身をもって教えてくれる温泉指南本なのである。こんな本は、自らを温泉バカという、この著者にしか書けないだろう。そんな意味で希少な温泉ガイド本。まさに温泉バカだ!

 

「説教 小栗判官」近藤ようこ ちくま文庫

本書は温泉本ではないけれど、でも、温泉を愛するからには、いつかは熊野のつぼ湯につかりたい。そのつぼ湯を一躍有名にしたのが中世の説教節である「小栗判官」だ。でも、中世の説教節を読むのはちょっとハードルが高すぎる。ならば近藤ようこの漫画版「小栗判官」を読もう。簡潔ながら深く心のヒダにしみこみ、ヘタな映画よりも視覚的に記憶に妖しく残る。漫画とあなどることなかれ。折にふれて読み返したくなるなにかがある。読んだら必ず熊野にいきたくなるという“副作用”もあるのである。

 

「とっておき決定版 快楽温泉201」 嵐山光三郎 講談社

もう古本でしか手に入らない1999年の出版された本ですけど、なんといっても全編、嵐山光三郎センセーによって紹介されているのだから価値ある一冊なのである。「温泉は私の故郷である」とおっしゃるセンセーの筆致には温泉愛があふれている。「山の湯守りは、どこかわけありの人が多く、黙して語らぬものの、話し出せば私なんぞよりずっと多くの体験をしている…」なんていう視点はセンセーならではだ。読むだけでも楽しめるガイドブック。

 

「秘湯&ひなびた一軒宿」

説明はいりません。タイトルそのまんまの本。でも、ひなびた温泉にスポットをあてた、こういう本があまりない。だからガイドブックとして貴重なんですね。できれば…、編集委員に加えて欲しかったなあ(笑)

 

「テルマエ・ロマエ/これが平たい顔族の素晴らしき風呂だ!」 JTBパブリッシング

まあ、映画に便乗した企画本といっちゃえばそれまでなんですけど、ここで紹介されている温泉はすべて“ルシウスの視点”からセレクトされている。「川がまるごと温泉」とか「とにかく大きい風呂」とか「トロッコにのっていく温泉」とか…平たい顔族はこんな風呂に入っているのか!と、ひたすらルシウスを驚かす温泉のガイドブック。

 

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「日本の村・海をひらいた人々」宮本常一 ちくま文庫

自らの足で日本をくまなくフィールドワークした民俗学の巨人、宮本常一。その距離はなんと地球4周分にあたるという。この本はそんな宮本が子どもたちにむけて、日本の村の成り立ちや、海辺に暮らす人々の暮らしをぶりを、愛情たっぷりに語った本。歴史は書物だけではなく、森にも林にも木にも石にも家にも、そのほかあらゆるものに刻まれている。これを読めば道ばたの石碑とか、漁村の入江のかたちなんかを見る目が変わって、観光地じゃない旅の楽しみも深まることうけあいなのだ。

 

「花嫁化鳥」寺山修司 中公文庫

「日本呪術紀行」というサブタイトルがつけられたこの不思議な紀行文は、風葬の島、ヒバゴン、瓶詰めの犬神、くじらの墓、キリストの青森で死亡説などなど、土着、地方の伝説、日本の原風景的ノスタルジー的なものを素材に、寺山ならではいかがわしさと想像力で語り尽くした、誰にも書けない本なのである。まさに寺山流日本讃歌というべきだろう。不可思議でありながら、いかにも日本の土着的なリアリズムが感じられる。旅の途中に、数時間に1本しか電車がないような無人駅のホームで読むのに、これほどふさわしい本はないと思う。

 

「八墓村」横溝正史 角川文庫

横溝正史が推理小説の巨星であることはいうまでもない。ボサボサ頭の金田一耕助という希有なキャラは、日本の推理小説が誇るレジェンドだ。で、そんな横溝作品の特長といえば、日本の、ちょっとどろどろとした土着性に根ざした愛憎の悲劇というべきものなのだけど、ひな研的には、やはりそこに惹かれるんですね。現代のようにのっぺりしてしまった時代には感じることのできない風土や土着性をじわじわと感じさせてくれる横溝作品。その代表作である本書は、日本の推理小説の金字塔であると同時に、日本の田舎の風景を味わい深くしてくれる、旅のお供に、もってこいの一冊なのだ。

 

「かくれ里」白洲正子 講談社文芸文庫

かくれ里。といってもそれは人里から隔絶されたおとぎ話のような里のことではない。街道を少し外れたところにある集落のことだ。新しい幹線道路ができると、旧街道ぞいの古い神社や寺が忘れ去られ、宿場町もさびれていく。白洲正子にとっては、そんな集落が現代のかくれ里であり、そこを歩くのが好きだった。忘れ去られた寺社に眠る仏像や古美術をたずね、古い伝承、習俗、歴史に想いをはせる。本書はその後の白洲正子の紀行文のスタイルを決定づけた名著なわけだけど、名もなき歴史を旅するよろこびが書かれている名著でもある。アンチ観光地の旅人なら、ぜひ読むべし。

 

「ザ・昭和呑み」木澤聡 セブン&アイ出版

ふるくて、しょっぱくて、茶色くて、懐かしくて、あったかくて、優しくて、ちょっぴり面倒くさい。それが昭和な酒場の空間、昭和な酒場の人情だ。なんと、ひな研の「赤ちょうちん」担当の木澤聡さんが本を出しましたよ!
思えばずいぶんと遠い時代になってしまった昭和だけれども、この本はそんな昭和を愛してやまない著者が、個人的な思いとともに綴った一冊。遠い時代になってしまったからこそ、読めば血が騒ぐことうけあいですぜ!