失われたゲンセンカン主人の原風景を求めて/湯宿温泉・松の湯

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【群馬 湯宿温泉・松の湯】

もう往時の面影はないと聞いて久しかったけれど、

それでも一度は行ってみたかったのが群馬の湯宿温泉だった。

なぜかというと、

それは、ここ湯宿温泉がつげ義春の傑作マンガ「ゲンセンカン主人」の

舞台となった温泉地だったから。

「ゲンセンカン主人」は、

つげ義春の代表作「ねじ式」に並ぶシュールな傑作。

そこに登場する湯宿温泉は、

まるで、死んだように静かな温泉街である。

不思議なことにここには一度も来たことがないのに

以前からこの町を知っていたような気がすると、

デジャブを感じさせる温泉街として描かれている。

さびれた路地裏には、やはり時間が止まったような駄菓子屋があって、

そこでは老婆たちが童心に帰ったようにニッキをしゃぶったり、

オハジキ遊びをしていたりする。

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かつて、そんな湯宿温泉にひとりの男がふらりと現れた。

ゲンセンカンに宿をとった男は、そこの唖の女将とできてしまい、

ゲンセンカンの主人となった。

それから数年後、一人の男が湯宿温泉に訪れる。

駄菓子屋で遊ぶ老婆たちから

ゲンセンカンの主人と女将のなれそめを聞いた男は、

自分もゲンセンカンに泊まることにしようと告げる。

しかし、老婆たちはそんなことをしたらえらいことになると、男を止める。

なぜならば男はゲンセンカン主人と瓜二つだったからだ。

あの晩のような風が吹き荒れる夜、

老婆たちの制止を振り切り、かつての男がそうしたように、

男は天狗の面をかぶってゲンセンカンへと向かった

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「ゲンセンカン主人」は、場末感たっぷりな世界観の中、

そんなふうに虚構がメビウスの輪のようにつながっていく物語である。

で、そのゲンセンカンのモデルとなったのが湯宿温泉の大滝屋旅館だ。

かつて、つげさんが泊まったころの大滝屋旅館は、なんともうらぶれていて、

隣の部屋からは呪文のようなお経をとなえる声がかすかに聞こえるといった、

つげさん本人いわく「絶望的な宿だった」とのことで、しかし、それでいて、

「妙に馴染めるのだ」と、お気に入りの宿になっている。

でも、今では、湯宿温泉街全体がもう往時の面影をほとんど残していないように、

大滝屋旅館もまた、現代的にリニューアルされているとのことだ。

そんな湯宿温泉に到着したのは午後7時頃だった。

辺りはすっかり暗くなっていて、湯宿温泉のメイン通りの石畳の道には人気がなかった。

三国街道から入ってすぐのところに立っていた昭和な赤いポストがやけに目を引いた。

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湯宿温泉には共同湯が4ヶ所ある。

これから向かうのは、その4ヶ所のうちで、いちばんひなびている「松の湯」だ。

というわけで「松の湯」目指して暗い通りを歩いていくと、

いきなり大滝屋旅館に至る味わい深い路地があった。

おお!なんとつげ義春っぽい世界なんだろう!これだ、これだよ!

この路地の向こうに、いかにもゲンセンカンがありそうな感じだ。

…と、興奮しながら、

ふらふら~っと路地の奥へと、ほとんど吸い込まれるように入っていった。

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路地の奥には「大滝屋」と書かれた看板があって、

その看板を分岐点として、左へいく小道と、右へ行く石段へと分かれていた。

石段の奥は真っ暗でなにも見えない。古めかしい石碑が立っていたりして、

まるで墓場への入り口みたいな感じである。

いやはや、すごいなあ、このインパクト。

思わず、横尾忠則の「Y字路シリーズ」を思い出した。

横尾さんは自身の「Y字路シリーズ」について「その先にはなにがあるのですか?」

という質問に「運命がある。死と生がある。それは選択の問題」と答えていたっけ。

してみるならば右側の石段がまさに死の入り口っぽいけど…

でも、実はこの石段は裏山の遊歩道に続く石段だったりする。

昼間見るのと印象がぜんぜん違うのだ。

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路地を歩いていくと、

軒に郵便マークが書かれたホーローの看板が下がっている古い木造の建物があった。

ん?もしや「ゲンセンカン主人」に登場した駄菓子屋はここかな?

もう、そうとしか思えない古びた建物が、闇の中でおぼろげな灯りに照らされていた。

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せっかくここまできたのだから

現在の大滝屋旅館を見ていこうと路地を抜けると

そこにはきれいにリニューアルされた大滝屋旅館があった。

わかっていたけれど、「ゲンセンカン主人」のような

雰囲気はまったく残っていなかった。

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気を取り直して「松の湯」を目指した。

メイン通りは暗く、人気がなかった。

今でこそ建物が新しくなってしまい、きれいな石畳の通りになり、

歴史ある温泉街の風情はまったく感じられないけれど、

この人気のなさ、街の静かさは、つげさんがこの温泉街を

訪れたころと変わっていないのではないか。

この人気のなさ、静けさを感じながら、頭のなかで、

両脇に古い木造の宿や家が並ぶ未舗装の侘びしい通りを思い浮かべてみる。

うん、うん、なるほど、つげさんが好みそうだな、これは。

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暗い通りの道端にポツリと明かりが灯っているところがあった。

小さな食料品店だった。食料だけでなく、日用品まで揃っている。

ここ湯宿の毎日の暮らしを支えるお店なのだろう。

とりあえず湯上がり用の缶ビールとおつまみを買った。

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さて、それはそうと…「松の湯」はみつからなかった。

きょろきょろしながら歩いていたら、

三国街道まで出たしまったので通りすぎてしまったようだ。

スマホの地図アプリを見ても、辺りが暗くてわかりにくい。

たまたま通りかかったおばちゃんに聞いたら、

(ホント、人気がなかったので、助かりました…(^^;))

おばちゃんも松の湯にいくところだったらしく、連れて行ってくれた。

はたして人の家の裏庭に入っていくかのような路地の奥に「松の湯」はあった。

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「松の湯」は暗闇の中にぼぉ~っと浮かび上がっていた。

湯宿温泉の共同湯の中でも、ここ「松の湯」だけが、飾りっけのない佇まいをしている。

それもそのはずで、湯宿温泉の共同湯は外来の人に開放されているが

この「松の湯」だけが基本的には地元の人専用の共同湯だったりするのだ。

でも、完全に門を閉ざしているのではなく、

運がよく開いていれば、寸志100円以上を払って入浴することができる。

普段は入り口に南京鍵がかかっている。

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入口近くに使い込んだ大きな柄杓がぶら下がっていた。

その下には井戸のようなものがある。

ここで温泉の湯を生活のための湯として汲めるようになっているのである。

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さっそく中へ入ると地元のおじいちゃんが湯船につかっていた。

湯船は2人入ればいっぱいの小さなこじんまりとした湯船だ。

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湯は無色透明で、無臭。温度は熱めだった。

しかし、なんていうんだろうか?小さな湯船は「熱め」に限る。

そう思いませんか?なぜと聞かれても困るけど。

で、この「松の湯」の湯は、そんな期待に応える熱い湯だった。

湯につかったところで、先客のおじいちゃんが「熱いか?」と

気を使って声をかけてくれた。

「いやいや、いい感じの熱さです~」と自分。

それから自然と世間話になった。

こういうのがジモティー湯めぐりの楽しみでもある。

聞けば、このおじいちゃん、子供の頃から毎日ほぼ欠かさずに

この湯につかっているのだという。自宅に風呂はあるけれど、

やっぱりこの湯じゃないと入った気しないんだよなぁ、と。

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しかし、おじいちゃん、ホント、血色よくてお肌も元気。

ドモホルンリンクル、必要ありません。ま、男にゃ最初から必要ないか(笑)

いや、温泉って、やっぱすごいんだなぁって実感しましたよ。

あー、なんか、すごく楽しかったなぁ。

つげ義春の傑作「ゲンセンカン主人」の面影を求めてきた、この湯宿温泉。

たぶん、暗くなってから来たのがよかったのだと思う。

往時の面影はないけれど、暗かったからこそ、かすかな残香のようなものを味わえた。

しかも、思えば、つげさんが訪れたころからずっと湯宿の湯につかり続けてきたおじいちゃんと、

リアルでお話できて、昔の話しも聞けたのだ。

偶然ながらも、恵まれた湯めぐりになった。

誰もいないバス停で湯上がりのビールをいただきながら、

夜の湯宿温泉のディープな余韻にひたった。

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松の湯

群馬県利根郡みなかみ町湯宿温泉

入浴料金:100~

外来者用営業時間:16:00~21:00

記事:ショチョー

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2016-02-16 | Posted in 関東/中部No Comments » 

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