西郷どんも愛した時間が止まった湯治場/川内高城温泉
【鹿児島 川内高城温泉/梅家・町営共同浴場・双葉屋・旧五助屋】
川内高城温泉に到着したのは夜の7時過ぎで、
すでに温泉街は暗くひっそりと静まり返っていた。
それでも、なんともひなびた味わいがじわりと感じられる通りにぽつんと立ちながら、
うん、うん、明日の朝が楽しみだと、ひとりほくそ笑む。
それというのも、ここ川内高城温泉に来たいちばんの理由が、温泉もさることながら、
川内高城温泉のひなびた町並みを歩いてみたいと思ったからだ。
しかし、こんなふうにバスが行ってしまった後の取り残されたような感じ
もたまらなくいいですね。夜のひなびた温泉街はなんともわびしい。
でも、その味わいがまたいい。これもまた、一期一会の旅情というべきだろう。
今回宿をとったのは素泊まり専門の梅屋旅館である。
電話して泊まりたいと告げると、
「あの~、うちの宿のこと、ご存じですか?食事も出せないし、古い宿なんですよ」と、
電話に出たおばちゃんが申し訳無さそうにいう。
気に入った!わが直感が「迷わずそこに泊まれ」と司令を下す。
共同浴場の隣というロケーションもうってつけだった。
バスを降りて、目の前が梅屋旅館だったりする。
バス停の名前は、そのまんまの「梅屋前」。
でも、だからといってすぐに梅屋旅館の玄関を開けるのも、
なんかそっけない気がして、ちょっとそこら辺を歩いてみた。
ちょっと歩いたら、温泉街は途切れて、すぐに真っ暗になった。
とぼとぼと引き返して、梅屋旅館の玄関を開けて「すみませ~ん」と
声をかける。
「お待ちしてました~」と女将が明るく迎えてくれた。
あ、あの声だ。あの、電話に出たおばちゃんである。
案内されたのは一階の奥の部屋だった。
玄関から長くのびた廊下の先の赤い階段を登ったところ。
梅屋旅館の玄関を開けた時から長~くのびた廊下の先に階段があるところに
そそられたので、なんだかうれしかった。
部屋にはすでに布団が敷かれていた。
コタツと布団でいっぱいになるような広さだったけれど、
ま、2600円だもんね。ぜんぜんオッケーです。
さっそく熊本駅で買っておいた、おべんとうのヒライの「肥後味彩牛カルビ重」を
いただく。うまいんですよ、このお弁当。
腹ごしらえをしたらさっそくお風呂。
そのついでに、ちょっと館内を探検。ふすまが開いていた部屋があったので
ちょっとのぞいてみると、そこには小さなガスコンロがある部屋が。
おお~!長逗留感満載だ。これぞ、ザ!湯治の宿ですねぇ。
梅屋旅館の湯船はちょっとレトロなタイルの湯船がシンプルにひとつあるだけ。
湯は無色透明で軽い硫黄臭。水色のタイルがきれいに映えていていい感じです。
とろりとした浴感もいい。これが評判の川内高城温泉の湯か。いいねぇ。
うん、うん、明日の湯めぐりが楽しみだ。
翌朝、宿で朝風呂してから、まず向かったのが町営共同湯である。
まぁ、向かったといっても、梅屋旅館のすぐお隣さんだけど。
ここには、なんでも西郷どんが好んで入ったとのことだ。
表は川内高城温泉の町並みのシンブルになっているようなお土産屋さんである。
あいにくこの日は営業していなかったけれど、
ホント、ほれぼれするような、ひなびた趣があるんだなぁ。
看板の矢印が指す路地を入るとすぐに暖簾がかかった入口がある。
無人の受付にある料金箱に200円を入れて、暖簾をくぐる。
おお~、「男湯」と書かれた、なんだか昔の木造の小学校の表示板みたいなのに
グッとくる。脱衣所と浴室が一体化していて、浴室は一段下がった感じになっている、
九州の典型的な公衆浴場のスタイルだ。
湯船はレトロタイルでふたつに仕切られていた。
先客さんがいらっしゃって、
その方が入っていないほうの湯船に入ろうとしたら、
「あ、いきなりそっち入るの?」と。
「え?」とボク。
「熱いよ~、そっちは」と、先客さん。
先客さんが教えてくれたとおり、仕切られた奥の湯船は熱く、
手前は適温だった。適温に入ってから、熱湯の肌にピシピシくる感じを
楽しみ、ふたたび適温の湯船に。
先客さんは地元生まれの人で、しばし湯につかりながら、いろいろとおしゃべりを楽しんだ。
聞けば、ここ、川内高城温泉で生まれ育ち、社会人になってからは隣の県の熊本で
暮らしていて、最近、ふたたび帰ってきたのだとか。
この共同湯の近くにある神社が子供のころの遊び場だったそうで、
で、この前、ひさしぶりに神社に行ったら、子どものときに野球して遊んでいた境内が、
ええ?って思わず驚くほどの“猫の額”のような狭い場所だったってことを、
なんとも、感慨深げに話されていた。
町営共同湯を出た後は温泉街をはじからはじまで歩いてみた。
あっという間に、はじからはじに行き着く。(そのこじんまり感がいいわぁ)
西郷どんの像と看板化した昔の貨物車両があったので、それを見物。
西郷どんがつかる湯船にお賽銭が投げ込まれてあって微笑ましい。
また、温泉街の通りには軍服姿の西郷どんの顔はめパネルが唐突にあったりもした。
なんか、おもしろいなぁ、ここは。
そして「西郷どん愛」が感じられる。
来年の大河ドラマ「西郷どん」がはじまったら盛り上がるんだろうなぁ。
温泉街を散策した後は喜久屋に向かった。
ここにはレトロでかわいいひょうたん型の湯船があるのだ。
扉を開けて「ごめんくださ~い」というと、
しばらくしておばあちゃんが出てきた。
あ、この、おばあちゃん、さっきすれ違ったなぁ。
こういうひなびた温泉街の“超狭い”ところがいいんだよなぁと、思いながら
「日帰り入浴したいんですけど」というと、
おばあちゃんいわく「もうねぇ、お風呂は閉じちゃったんですよ」とのこと。
え?それって廃業ってこと?それとも今日はお風呂やってないってこと?
はっきり聞けばよかったんだけど、なんか雰囲気上、聞けなかった。
できれば、廃業でないことを祈るんですけど。(求む最新情報)
次に向かったのは双葉屋。
双葉屋は川内高城温泉でいちばん風格のある建物だ。
これこそモノホンの激渋建築。
わくわくしながら扉をあけて「すみませ~ん!」
反応なし。
もう一度「すみませ~ん!」
反応なし。ひなびた温泉ではよくあることだ。
三度目の「すみませ~ん!」で猫が出てきて(♡)、
その後に若女将らしい人が出てきた。
入浴料250円を払って、階段を登っていくと
古いマッサージチェアがあって、
その向こうにこじんまりとした脱衣所がある。
さっそくガラス越しに渋いレトロなタイルの湯船が見えて
心が踊りはじめる。
ふたつに仕切られた変わった形の湯船に、
レトロなライオンのカランから源泉がじょぼじょぼと注がれている。
湯は町営共同湯ほど熱くはなかった。
壁に小さなタイル絵が嵌めこまれていて、富士山が描かれている。
桜島ではなく富士山なんですね。いつからこの絵はあったのだろう?
西郷どんもこれを見て、遠くの富士山の思いを馳せたのだろうか。
双葉屋の湯を楽しんだ後は向かいにある旧五助屋へ。
営業感がゼロで、やっているのかな?と不安になりながら、
引き戸を開けると、なんと双葉屋の同じ女性が出てきてびっくり。
お金を払おうとしたら「さっきあっちでいただいたからいいですよ」とのこと。
サービスか、そういうシステムなのかわからなかったけど、ありがたい。
こちらも双葉屋に負けず劣らず風格がある湯船である。
何でも川内高城温泉で第一号の湯治宿だったとか。
湯船背面の壁には「泉水石」と掘られたレリーフがある。
なんだろう?「泉水石」って。
いやあ、しかし、「タイムスリップしたかのようなひなびた温泉」なんてことが
よくいわれるけれど、その言葉はまさに川内高城温泉のための言葉ですねぇ。
しかもそこにはかつて西郷どんもつかっていたというのだから、
なんとも感慨深いではありませんか。
と、そんなことを思いながら、川内高城温泉での最後の湯を満喫した。
帰りはちょっと距離があるけど、バスを使わず歩いてみた。
山間の道をずっと歩いていくと、だんだんと視界が開けてきて海が遠くに見えた。
うん、これこれ、歩きだからこそ出会う、こういう景色がたまらなくいい。
海岸まで出るとそこにも西郷どんの像があった。
よくみるといたずらされたらしく片目がくり抜かれていてギョッとした。
なんだか西南戦争で負傷した西郷どんって感じでもある。
西方駅に向かう海沿いの道を歩きながら、
川内高城温泉のひなびた町並みの情緒の余韻を感じていた。
ここから5キロほどの山間に時間が止まってしまったような温泉街がある。
そのことに、なんとも名状しがたいものを感じた。
萩原朔太郎の猫町じゃないけれど、川内高城温泉のひなびた町並が、
夢と現実とのあわいで出会った幻のように思えた。
う〜ん、来てよかったなぁ。
■梅屋旅館
住 所:鹿児島県薩摩川内市湯田町6467
電 話:0996-28-0016
素泊まり:2,600円
日帰り入浴:250円(6:00~21:00)
■町営共同湯
住 所:鹿児島県薩摩川内市湯田町6763
電 話:0996-28-0117
入浴料金:200円(6:00~21:00)
■双葉屋
住 所:鹿児島県薩摩川内市湯田町6462
電 話:0996-28-0018
入浴料金:250円(6:30~21:00)
■旧五助屋(双葉屋の向かい側)
住 所:鹿児島県薩摩川内市湯田町6461
電 話:0996-28-0018(双葉屋 )
入浴料金:200円(6:30~21:00)
記事:ショチョー
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