お茶目なじさまと激渋温泉の夜/濁川温泉・新栄館

【北海道 濁川温泉 新栄館】

北の駅弁のレジェンドといえば、そう、いかめし。
そのいかめし発祥の駅がJR北海道の森駅。
ここでいかめしが買えるのはもちろんなんだけど
駅前の販売所では、
なんとつくりたての温かいいかめしが買えるのです。
温かいいかめし、これはなかなかの感動がありますよ。

で、そんな森駅から
バスに30分ほど揺られたところに濁川温泉がある。
今は火山地帯の面影はないけれど
ここらへんは古代火山の大噴火によって生まれた
カルデラの盆地とのことだ。
いい温泉が湧くのも、そのためなのだろう。

濁川温泉が湯治場として整備されたのは江戸時代。
それには、あの間宮林蔵も関わっていたというのだから
それはそれは歴史ある温泉地なのである。

でも、そんな濁川温泉も
今ではひなびたというか、寂れたというか、
かつては遠方からも湯治客が来たという繁栄は
今はもう見る影もない。

さて、では、どこに向かうのか?
ハイ、新栄館という温泉旅館です。
名前に「新」なんてついているけれど、
いえいえ、ここは激渋な温泉旅館なんです。

どうですか、この雰囲気、
外観ですでにグッときませんか。

玄関を開けて中に入り
「すみませーん!」と声を掛ける。
応答なし。
ふと見ると「電話ください」という貼り紙がある。
その下にボールペンで書き加えた「すぐ来ます」の文字。

というわけで電話すると
「そっちじゃなくて新館の方にいる」とのこと。
え?すぐ来ないじゃん(笑)
ま、ともあれ、無事にチェックイン。

とりあえず、濁川温泉をふらふらと
歩いて「元湯神泉館にこりの湯」の看板に導かれて
寄ってみた。「元湯」って書いてあったら見過ごせないでしょ?

というわけで
お湯をいただいた。
湯船が3つに仕切られていて奥から「高温」「中温」「低温」と
なっている。奥から源泉が掛け流されて
オーバーフローさせながら湯温を下げているようだ。
湯は緑がかった薄い褐色。かすかな油臭。
うん、うん、いい湯です。これが濁川温泉の湯かぁ。

「元湯神泉館にこりの湯」の湯がよかったので、
宿に戻って期待に胸をふくらませて新栄館の浴室に向かった。

浴室へ続く階段を降りて脱衣所に入ると
浴室の扉が空いていて、ちょろちょろと源泉があふれて
流れる音と、鼻をくすぐるアブラ臭と、
そして析出物にコーティングされた激渋な湯船が見えた。
おおお!テンションマックス!!!

たまらないひなび感にいきなりヤラれた。
3つの湯船あるのでそれぞれ浸かってみると
湯の温度が違う。いちばん熱い湯はけっこう熱い。
身体にピシっときて、いいお湯だ。
こんないい湯と、そしてこのボロひなびた浴室の雰囲気。
指宿温泉のラスボス的ひなび湯の村之湯温泉に匹敵するなぁ。
温泉というのは湯に浸かるだけでなく、
こういう激渋な雰囲気にもどっぷりと浸かるのが
醍醐味なわけで、そんな意味でも新栄館は素晴らしい。

さて、新栄館ならではの夜がここからはじまる。
晩御飯の時間。
新栄館は三代目のご主人と息子さんの二人で切り盛りしている。
割烹旅館で修行してきたという息子さんが厨房に。
旅館の接客をするのが、笑顔とスタイルのいいご主人、じさまである。

そのじさまが配膳してくれるわけで、
食卓に料理が並べられていく。
6800円という宿泊料の割にはいろいろ出てくるのだけど、
それだけじゃなかった。

え?配膳が終わったと思ったら、
じさまがビールが入ったマイグラス片手に
目に前に座った。え?なんだろう、この展開は。

人懐っこい笑顔でじさまは、ここ新栄館のかつての繁栄ぶりを
語ってくれた。ただ、訛りがすごく、話の1/3は理解できなかったけれど、
でも、じさまの話っぷりが楽しかったので、会話は楽しめた。

で、じさま、いったん奥に引っ込んで
なにかの肉が焼かれた小鉢を出してくれた。
ほれ、食ってみぃ。

固い肉だけど噛むと独特な旨味があった。
なんの肉?ここ、北海道だからなぁ。ヒグマの肉か?
じさまいわく、昨日仕留めたヒグマで、塩コショウだけの味付けだよ。と。
これ、マジでうまかったです(写真撮りそこねたことが悔やまれる)
だって熊肉っていうと、大和煮とか濃い味付けの缶詰とかはあったけれど、
こんなシンプルな熊肉食べたことがない。

次に出してくれたのが、ぐい呑茶碗に注がれた何やら茶色い酒っぽいもの。
ほれ、そんな、匂いなんてかいでないで、グイッといってみぃ。
と、じさまに急かされて、グイッと飲んでみると、
すぐに体中に熱いものが駆け巡った。
じさまがニヤニヤしながら聞く。なんだと思うべ?
聞けばマムシ酒だそうで、なんと30年もののマムシ酒なのだという。
すげー!

そんな感じに、じさまはいろんなものを見せてくれた。
貴重な九谷焼のお猪口や、芸者さんらしき顔が透し彫りされたお猪口とか。
おもしろい。そして、在りし日の宴席の遊び心に思いは巡る。

噂には聞いていた新栄館名物のじさまの洗礼を浴びて、
これが旅の楽しさなんだよなぁと思わずにいられなかった。
よく、ほら、おもてなしの宿のホスピタリティみたいなのあるじゃゃないですか。
加賀屋みたいなの。でも、ここだけの話。そんなのひとつもおもしろくない。
旅はいつだって、想定外のほうがおもしろいのだ。
新栄館のじさま、サイコーだ!

じさまのおかげで、とても楽しい夜を過ごしたあと、
みなが寝静まったであろう深夜にまた浴室に向かった。
夜の暗さの中で、ひなびた木造の建物の味わいが
いよいよ深まってくる。いい感じだ。
旧館の客室は現在使えないというか、二階にも上がれないようになっている。
それが、深夜に見るとちょっと怖くて、でも、グッとくるのだ。

まわりが静かだからこそ、あたりは静まり返っているぶん、
ちょろちょろと源泉があふれる音が響いている。
いいねぇ〜。いいねぇ〜。

深夜の浴室は昼間よりも、もっと感動的だった。
薄暗いコンクリート造りの浴室に
極上湯をたたえた3つの湯船がじっと黙ったようにそこにある。
長い時間が染み込んだ新栄館の激渋湯船は
人が寝静まった夜にその輝きをいよいよ増すのである。

自撮りしてみたら逆光で顔が真っ黒に写って大失敗。
まるで、つげ義春が描くひなびた温泉のペン画の人物ではないか。
でも、それこそが、この新栄館の湯にふさわしい。
写真は思いもよらないところで真実を写すといったところだろうか。

それはともかくとして、
新栄館に行ったら、ぜひ、この深夜のぼっち入浴をしてみてください。
忘れられない入浴になることうけあいですから。

■新栄館
住所:北海道茅部郡森町濁川49
電話:01374-7-3007
宿泊料金:6800円
日帰り入浴:400円(8:00~20:00)

記事:ショチョー
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2018-08-18 | Posted in 北海道/東北No Comments » 

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