めくるめく路地裏の快楽/杖立温泉・共同湯めぐり
【熊本 杖立温泉/御前湯、薬師湯】
風をはらんだ何百匹もの鯉のぼりが
5月の青い空にダイナミックに泳ぐ、鯉のぼり祭り。
今では全国で見られるようになったけれど、
もともとは、この杖立温泉ではじまったものだったという。
杖立温泉は、そんなふうに鯉のぼり祭りで
有名な温泉地だったりするけれど、
自分がこの杖立温泉に来た理由は、鯉のぼりではなく路地裏だった。
そう、路地裏。杖立温泉のもう一つの名物、めくるめく路地裏。
杖立温泉では路地裏は「背戸屋(せどや)」と呼ばれている。
その背戸屋をめぐるのが杖立温泉のディープな楽しみ方だったりするのだ。
出張の合間の立ち寄りで4時間弱しか時間がなかったから、
泊まりはあきらめて、背戸屋を歩きながら、
共同湯のはしごをちょこっと楽しもうという計画だった。
ついでに名物杖立プリンのはしご食いもいいかもしれない。
九州豊肥本線の阿蘇駅からバスに揺られて1時間ちょっと。
熊本と大分の県境を流れる杖立川の峡谷に、つつましく杖立温泉街は広がっている。
バスに揺られていく、山間の小さな温泉街って
ここ杖立温泉にかぎらず全国にたくさんあるけれど、
窓の外の山間の集落が、温泉街へと景色が変わっていくさまは
いいものだなぁと、いつも思う。
杖立温泉の温泉宿は20数軒ほど。
共同湯は5軒あって、迷路のような背戸屋でむすばれている。
というわけで、まずは熊本のラビリンスというべき
杖立温泉の背戸屋をご案内いたしましょう。
恐る恐る背戸屋に足を踏み入れると…
(ま、恐れる必要もありませんが…)
どうですか、この感じ。
上がったり、下ったり、
向こうに神社があったり、
こうも路地裏ばかり歩いていると、
まるで猫になった気分に…
と思ったら、本物の猫ちゃんに遭遇。
また、背戸屋には手作りショーウインドーみたいなのがあって
そこに可愛らしい人形が飾ってあったり、温泉街の歴史を伝える
写真が飾ってあったりする。
うん、こういうの、おもてなしの心意気を感じるなあ。
心おきなく路地裏を堪能できたので、
共同湯へ向かうとしよう。
でも、人はなぜ路地裏に惹かれるだろう?
ぜひとも気鋭の社会学者に研究してもらいたいものだ。
さて、まずはまずは御前湯へ。
迷路のような背戸屋の突き当りといういい感じの場所にある。
トイレと間違う人もいるかもしれないと思わせる小さな建物。
入浴料は200円。湯船も二人でいっぱいぐらいの小さなもの。
入ってみるとちょっとぬるい。
源泉を引き込んでいるとおぼしきパイプから
ちょろちょろと湯が注がれている。
ん?元栓があって、それが閉められているような気が…
本来はもっと熱いのではないだろうか…
釈然としないまましばらく湯に浸かって、
ま、次の共同湯があるさ!と気を取り直して湯船を出た。
向かったのは、元湯。
1800年以上もの歴史がある湯で、
なんでも神功皇后が応神天皇を出産した時の
産湯に使われたというのだから、これはぜひ浸かってみたい。
元湯へ向かう途中のもみじ橋という橋がユニークだった。
屋根があって、そこに無数の絵馬がぶら下がっている。
で、よく見ると魚の形をしている絵馬がたくさんあるのだ。
ああ、なるほど、鯉のぼりが名物だから絵馬も鯉というわけだ。
でも、鯉の形も多かったけれど、
くまモンの形の絵馬もそこそこあった。
(かわいいけれど、風情という面では微妙な気がする…)
橋から元湯が見えた。
古びた小屋に緑色の柵みたいな扉がついている。
扉がなんかミスマッチなところが気になるが古び具合がいい味出している。
さすがは応神天皇の産湯だ。
近づいてみると
小屋であるけれど、中は岩風呂で洞窟風呂のような感じだった。
うおお!すごいなあ。
と、感動したのもつかの間…
なんか違うのだ。
もしやと思って、湯船に手を入れてみると、ぬるいっていうかほぼ水に近い…
なにに違和感を感じたのかがわかった。湯気が立っていないのだ。
張り紙が貼ってあったので目をやると
「元湯の湯量は一定ではなく又、当日の天候等により温度管理が難しい為、
ご入浴の際はお客様の判断にてご利用ください」と書いてあった。
う~ん、
ま、次の共同湯があるさ!と気を取り直して元湯を後にした(苦笑)。
最後に向かったのは薬師湯。
心なしか重くなった足取りで、
今度こそ熱い湯につかれますようにと祈りながら、背戸屋の石段をのぼる。
元湯から数分のところに薬師湯はあった。
小さいながらも、てりむくり屋根が目をひく建物は
ちょっと変わったつくりになっている。
二階部分が朱塗りのお堂みたいになっていて、
なんでも、そこには弘法大師が祀られているようだった。
弘法大師が杖で地面を叩くと、そこから温泉が湧き出てきたという
伝説は全国各地にあるけれど、ここにもそんないわれがあるのかもしれない。
まずは、湯につかる前にお参りをしておこう。
お大師さま。今度こそ熱い湯につかれますように。
薬師湯の浴室は外観とは似つかわしく、
水色のペンキとタイルに彩られた空間だった。
脱衣所と一体化した簡素なもので、
たぶんリフォームされたのだろう。壁だけが新しい感じで、
湯船は年季が入っている。それでも掃除が行き届いているようで、
地元の人達に大切に使われているんだなあ~っていうのが
見た瞬間ひしひしと感じられる浴室だった。
入浴料は200円。浴室の中に料金箱があるところが珍しい。
そして、うれしいことに湯もちゃんと熱かった(笑)。
いやあ、やっぱりこうでなきゃ。
湯はかすかな硫黄臭がする無色透明の湯。
ちょっと熱めで、すごく肌にさっぱりした感じが心地いい。
峡谷側の窓をガラガラ~っと開けると
これまた開放的で気持ちいい。
タイル張りの湯船は3~4人でいっぱいになるぐらいの大きさで
若干深めで、いい感じに身体が湯につかる。
なんていうか、この薬師湯は
ジモ泉のよさがにじみでた湯といいたいな。
うん、いい湯だったなあ。
満足、満足。さて、帰ろう。
杖立温泉の源泉は100℃近くもある熱い湯である。
その熱い湯をいかした無料の蒸し場が温泉街のところどころにある。
野菜や卵などの食材を買って、ここで蒸して食べられるのである。
ここでさつまいもを蒸して、それを片手に背戸屋を探検するっていうのが
杖立温泉の最高の楽しみ方といえそうだ。
途中からはどうなることやらと思った杖立温泉だったけれど、
まあ、これだから旅は楽しいのだ。
帰りすがらに小さなお稲荷さんにお参りをした。
「正一位稲荷神社」と書かれているから位の高いお稲荷さんのようである。
奉納されている狐の置物も素朴で可愛らしい。
今度は泊まりでのんびり過ごして、
じっくり写真でも撮りながら楽しみたいな、と。
杖立温泉は、そんなふうに思える、つつましく正しい温泉街だった。
記事:ショチョー
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