人吉で知る人ぞ知る極楽湯を独り占め。/人吉温泉・たから湯
【熊本 人吉温泉/たから湯、新温泉】
「小京都」は今や全国にいろいろあるけれど、
熊本の「小京都」といえば、ここ人吉なのである。
中心には日本産急流の球磨川が貫禄たっぷりに流れ、
人吉城の城下町の風情を今もそこここに残す町。
そんな人吉に、極上のひなび湯があるというのだ。
宿の名は「旅館たから湯」。
明治40年から続く、源泉掛け流しの老舗温泉旅館である。
今どきめずらしく、ホームページもない。アクセスも悪い。
それゆえに、知る人ぞ知る温泉だったりする。
車以外で「旅館たから湯」に行くには
人吉駅から3キロ弱の道のりをタクシーもしくは、バスで途中までいって、
あとは歩くかといったところがポピュラーな行き方であるようだけど、
あえて隣の西人吉駅から歩くことにした。
深い理由はないけれど、無人駅というところにちょっと惹かれた。
西人吉駅周辺は幹線道路を外れるとなにもない。
ただただ、日本の正しき田園風景が広がっている。
本当にこの先に温泉地があるのだろうか、と、ちょっと不安になりながら
川沿いの農道のような道を歩いた。
20分ほど歩いてもまったく温泉地っぽくなくて
不安が確信に変わりそうになったところに、
草むらの向こうに人吉温泉の老舗旅館の「翠嵐楼」が見えた。
人吉温泉といえば、今では人吉駅周辺に温泉が点在しているけれど、
その発祥は球磨川と万江川が合流するこのあたりとされていて、
明治43年に創業した最老舗旅館の「翠嵐楼」は、シンボル的存在といっていい。
ちなみにここらへんの住所は「温泉町」という。
一見して温泉地っていうよりは、住宅街って感じなのだけど、
町の名が、ここが人吉温泉発祥の地であることを今に伝えているのだ。
小さな町の一角には温泉神社だってある。
目的の「旅館たから湯」は、「翠嵐楼」の向かいにあった。
なんとも風格と品を感じる木造建築が建っていた。
え?高級旅館?
こんなところで、日帰り入浴なんかやっているのだろうか?
…というのが第一印象だった。
風格のある木造建築。緑豊かな植栽。
玄関を入ってみると名作デザイナーズチェアが鎮座し、
天井からはルイスポールセンとおぼしきペンダントライト。
奥のロビーにもセンスのいい革張りのカッシーナちっくなソファが並んでいる。
和風ダイニングみたいな安っぽい和モダンではなくて本物の和モダンだ。
床もしっかり磨きこまれていて、掃除がいき届いていることが一目でわかる。
誰もいなかったので、
「ごめんください」と声をかけると、
旅館らしくない黒いロングスカートのいかにも上品な女性が現れた。
こ、こんなところで、日帰り入浴なんかやっているわけがない…
と、いよいよ思いを強めながらも、日帰り入浴はやってますか?と聞くと、
はい、やっておりますよ、と、やはり品よく答えてくれた。
500円の入用料金を払う。で、案内されて、浴室入り口を開けて、思わずびっくり。
そこには噂にたぐわぬ、なんとも極上な温泉空間が広がっていたのだ。
階段を降りていく半地下の湯船。
大正モダンを感じさせる木の空間。
曇硝子の格子のデザインもいい感じ。
お~、すばらしい…と言葉が自然に口をついて出た。
源泉掛け流しの湯船は3人入ればいっぱいな小ぶりなものがふたつ。
湯は無色でかすかな硫黄臭がある。
つかってみると、やや熱めで肌に心地よい。
湯のよさもさることながら、
この空間がなんとも贅沢なのである。
半地下になったぶん天井が高くて、のびのびとした気分になれる。
窓の外は坪庭みたいになっていて、緑が目を和ませてくれる。
山上家具店と書かれたトタン板の温泉成分表がいい味をかもし出している。
湯質と空間のすばらしいシナジー効果だ。
う~ん、極楽、極楽。
極上空間を独り占めして
なんともいい気分な余韻にひたりながら、
球磨川沿いの道を歩いて人吉駅を目指した。
実はもう1軒、絶対入っておきたい湯があったのだ。
「新温泉」という共同湯。
名前は「新温泉」だけど、ここが超レトロな共同湯なのだという。
「新温泉」にいく前に、
時間もお昼を過ぎてお腹が空いてきたので、黒いスープのラーメンで有名な
「好来(ハオライ)ラーメン」でラーメンを食す。人吉の名物ラーメンだ。
うん、たしかに真っ黒なスープ。
コシのある細麺としゃきしゃきのもやしとの相性もナイス。
このお店のメニューは、ただラーメン一品のみ。餃子もビールもない。
おいしゅうございました。
「新温泉」は人吉駅近くの路地裏にある。
その路地裏を入ると、いきなり有形文化財にしたいぐらいの風格ある木造の建物が現れる。
う~ん、すばらしい…と、ここでも言葉が自然に口をついて出た。
「ひいて下さい」とマジックで書かれた木の扉を開けると
これまた声が出そうなほどのレトロな空間が広がっていた。
いかにも昭和な体重計、マッサージチェア、トタン板にペンキの広告看板…
今ではもう見られなくなった年季の入った木の番台。
入浴料は300円。
湯船は深めの湯船とぬるめの湯の寝湯がある。
深めの湯船につかってみると茶色味をおびた湯がじわりとくる。
しかし、遠い熊本の地で、こうやって、このたまらないほど時間が堆積した空間で
湯につかっていると、なんとも不思議な感覚につつまれる。
現代という時間と完全に切り離されたかのような…
人吉温泉にはレトロ湯が多いけれど、この「新温泉」は
間違いなくチャンピオンっていえるだろう。
いつまでも、このままで残っていてほしいな。
文化庁さん、「新温泉」を有形文化財に指定してください。
人吉駅近くは昔ながらの昭和な雰囲気を
あちこちに残していて、ぶらぶら歩きも楽しい。
派手なものはなにもないけれど、そこがいいのだ。
次に訪れた時には、時間をたっぷりとって、
のんびりと共同湯めぐりをしてみようかな。
記事:ショチョー
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