寅さんが語った、あの漁港の温泉街/温泉津温泉・泉薬湯・薬師湯

【島根 温泉津温泉/梅家・町営共同浴場・双葉屋・旧五助屋】

「男はつらいよ」ゆかりの温泉地は全国に多々ある。

でも、そんななかで、第十三作目の「男はつらいよ/寅次郎恋やつれ」を観てからというもの、

温泉津(ゆのつ)温泉は、とくに訪れてみたかった温泉街だった。

なにがそう思わせたかっていうと、

映画の中で寅さんが温泉津温泉の朝をお得意の口上風に描写するんですね。

それがとてもいい。

映画の設定では、例のごとく根無し草の寅さんが、

ちゃっかり温泉津の温泉旅館の番頭になっていて、その温泉津での暮らしぶりを

柴又の「とらや」のみんなに語るわけです。

 

朝、目がさめて、雨戸をカラッと開けると、一面目にしみるような日本海がある。

朝ごはんは漁村らしく、さっきまで生きていたイカの刺身のどんぶりご飯で、

それにしょうがをパラッとかけて、醤油をツルツルッとたらして一気にパアーッと食っちまう。

そしてお次は、アジのたたきと新鮮な卵があって、と。

 

これを、さすがは啖呵売の名人の寅さんならではの口調で語って聞かせてくれる。

ああ、ぜひともそんな漁村の温泉街で、そんなうまい朝ごはんを食べてみたいもんだなぁと、

思わずにはいられない。だからずっと、いつか温泉津にいってみたいなぁ~って思っていた。

そんなわけで、出張のついでに念願の温泉津へ。

宿をとったのは温泉津でいちばん古い長命館。

この宿はひそかに心の師匠として尊敬してやまない川本三郎さんの

「日本すみずみ紀行」にも登場する宿だったりもするのだ。

長命館の建物はユニークで、

明治二年に建てられた二階建ての建物に、

大正十一年に建てられた三階建ての建物が継ぎ接ぎされている。

温泉津でもっとも古い旅館だったりする。

館内は玄関に帳場があったりして昭和初期の湯治の宿の趣が味わえる。

なかでも目を引くのが中央にある木造のらせん階段だ。

 

その日は女将とおばあちゃんがふたりで切り盛りしていた。

女将いわく「八十歳のふたりでがんばっているの。もう建物もこんなに古いでしょ?

直すにも、古いからお金もかかるし、わたしたちの代でこの宿も終わりかしらねぇ」

「え?そんなさびしいこといわないでくださいよ。女将さんもそんなにお元気なんだし」

といってみたものの、後継者がいないとか、そういった事情があるんだろうなぁと、

あまり立ち入ったことはいえず、なんとかこういう貴重な宿は続けていって欲しいと

心のなかで願うよりほかなかった。なくならないでほしいなぁ

さて

さっそくお風呂をいただこう。

といっても。長命館の館内にはお風呂はない。

道をはさんだ向かい側に長命館直営の共同浴場である元湯温泉「泉薬湯」がある。

宿泊客は入浴券2枚を無料でもらえるシステムである。

シャンプー、石鹸、タオル、洗面器は館内の廊下に置いてあって

それを利用できる。

番台のおばあちゃんに入浴券を渡して脱衣所へ。

昔ながらの木のロッカーや、お約束のマッサージチェアが

置いてあるいい感じの脱衣所だ。

透かし模様入りのレトロなガラスもなんともいい味を出しているなぁ。

浴室に入ると、温泉の析出物がびっしりとついた、というよりも

析出物で湯船ができているかのような存在感がハンパない湯船が目に飛び込んできた。

3つに仕切られた湯船は、右から熱い湯、ぬるい湯、寝湯となっている。

地元の方3人がその濃厚そうな湯を楽しんでいらっしゃった。

さっそくかけ湯をしていたら、

「もっと遠慮なくドバッとかけていいよ~!」と地元の方から声をかけられる。

というわけでドバっとかける(笑)

おお、かけ湯しているだけでも、いい感じだ。若干熱めである。

でも、それはぬる湯の湯だったりするのだ。

みなさん、とても気さくな人たちで

たちまち、みんなで温泉談義になった。

聞けば今日は湯の温度が低めであるとのことだ。

それならと、ものはためしにと熱い湯につかってみた。

熱!でも、なんとか入れる熱さである。

「いつもはもっと熱いよ。とくに朝早くは熱いねぇ」と

ひとりがいう。「それがまたいいんだよねぇ~」

湯も個性的な茶色と緑を混ぜたような濁り湯で、

湯船の析出物が物語っているように、実に濃い。

口に含むと塩分が強く、とてもしょっぱい。

いやあ、これはいい湯です。

つかっていて、身体がじわじわとありがたがっているのが

わかるのだ。くぅ~っ!これぞ湯治の湯だねぇ。

ぬるい湯の湯船の壁に小さな仏さまの像がある。

そんなところにも昔ながらの湯治の湯を感じた。

濃厚な温泉津の湯で身体がぽっかぽっかに温まった。

映画の中の寅さんもこんなふうに温まって、

いい気分になったんだろうなぁ。

 

「泉薬湯」の建物の脇の路地沿いに連なる赤い幟があったので、

なんだろう?と思って路地を入っていくと、その先に神社があった。

おもしろかったのはその神社の賽銭箱の横に

お猪口をかぶせた徳利がが置いてあって、そこに源泉がお供えされていて、

それを参拝者もお猪口で飲泉できるようなのである。

へぇ~、こうしていただくと、源泉も神聖な感じがしますね。

おもしろいなぁと感心しながら向かいの長命館にもどった。

しばらくしたら晩飯の時間だ。

湯治の宿らしいこじんまりとしたご飯。

そう、こういうのがいいんだよね。

よくある、食べきれないほど出てくる旅館の晩飯

あれはどうにかならないものだろうか…。

 

翌朝、ふたたび泉薬湯の湯を楽しんでから

長命館を後にした。

 

で、足は温泉津温泉のシンボル的存在の薬師湯へ。

レトロモダンな建物が目を引くこの共同湯は、

日本温泉協会に「オール5」と評価された折り紙つきの湯だったりする。

入浴料金は350円。

ここの湯船も泉薬湯とおんなじように

見事な析出物におおわれている。

お湯も「オール5」だけあってすばらしいですね。

「泉薬湯」と似たような湯ですが源泉は違うようである。

自分的には「泉薬湯」も「オール5」をあげちゃいたくなります。

うん、温泉津の湯は、濃くていいですねぇ。

大満足で薬師湯を出て、

温泉津のひなびた町を歩いて駅へと向かった。

 

長命館の横に角をはやしたおじいさんの石像がある。

とっても人がよさそうな顔をしているのに

鬼みたいな2本の角が頭からはえているなんとも印象的な石像である。

その昔、この温泉津に浄土真宗に信仰の篤い浅原才一という人がいた。

いわゆる町で評判の人格者だった才一は、本業の下駄づくりのかたわら、

心に浮かんだ仏心の言葉や句を、下駄づくりのときに出るかんなくずに書き留めていたという。

で、あるとき、その才一の肖像画をとある絵師が描いたというんですね。

完成した自分を描いた絵を見た才一がいうには、

「私はこんな、よい人間じゃない。鬼のような恐ろしい心も持っていて、

人を憎んだり、怨んだりもしとります。」

それを聞いた絵師はたまらず聞いた。

「どうすればあなたに似るのですか?」

才一は答えた。

「頭に鬼のような2本の角を描いてください。それが本当の私の姿ですから」

人間は誰しも心のなかに鬼のような部分をもっている。

だからこそ、仏様のありがたい教えが必要なのだと、

たぶんそんなことを伝えるエピソードなのだろう。

 

温泉津には、そんな伝説の人がいたということ。

その人が今でも温泉津の町の誇りとして大切にされているということ。

そうしたことが、よりこの古風な漁港の町のぬくもりや風情の深味になっているような気がした。

いいなぁ、温泉津は。寅さんが居ついてしまったのもよくわかるね。

また来るからね〜。

長命館
住  所:島根島県大田市温泉津町温泉津口208-1
電  話:0855-65-2052
一泊二食:8,640円、10,800

元湯温泉「泉薬湯」
住  所:島根島県大田市温泉津町温泉津口208-1
電  話:0855-65-2052(長命館)
入浴料金:300円(5:3020:20

薬師湯
住  所:島根島県大田市温泉津町温泉津口7-1
電  話:0855-65-4894
入浴料金:350円(月~金/8:0021:00 土・日・祝/6:0021:00

記事:ショチョー

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2017-03-06 | Posted in 近畿/中国No Comments » 

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