ひなびのワンダーランド/日奈久温泉・鏡屋旅館
【熊本 日奈久温泉・鏡屋旅館】
電車が日奈久温泉駅に到着したのは20時ちょっと前だった。
まずい!店が閉まってしまう…
それというのも駅に着いたら太平燕を食べようと思っていたから。
え~、太平燕と書いてタイピーエンと読みます。
熊本の人ならだれでも知っているご当地グルメだったりします。
駅の近くに逢来という中華料理屋さんがあるので、そこで食べようと予定していたのが、
到着がオーダーストップぎりぎりになってしまった。
なんとか滑り込みセーフで、無事に太平燕にありつけた。
なるほど、これが太平燕か。具沢山の春雨スープって感じ。
ボリュームがあって、これだけで一食になる。おいしいね。
日奈久温泉といえば国の有形文化財にも指定されている金波楼が有名である。
三階建ての見事な木造建築はほれぼれするほどだけど…
でも、ひな研的には分不相応っていうか、ジャンルが違うので、
日奈久温泉で一番古く、それでいて、文化財とはほど遠い天然レトロな鏡屋旅館に宿をとりました。
予約の電話をしたときに、女将さんらしき方が
「あの~、うちは古い宿ですけどだいじょうぶですか?」と、
心配そうにおっしゃるので、「いえいえ、古い宿が大好きですから!」と答えると、
ちょっとホッとしたような様子だった。
一泊二食8000円、朝食のみで4200円、素泊まり3500円。
というわけで朝食のみを選んだ。
鏡屋旅館は、外観は温泉旅館というよりは昭和な商人宿っていった感じの宿だった。
中に入ると「開湯六百年」と書かれた提灯がぶらさがるロビーが目に入る。
軍人さんの遺影写真みたいなのが飾ってあったり、棚と化しているアップライトピアノが
置いてあったりする、ちょっと不思議な感じのロビーだった。
目を引いたのが奥にある階段だ。
大正から昭和初期な感じの急な階段。
その奥には藍染めの「ゆ」と白く染め抜かれたのれん。
水色のペンキで塗られた浴室の引き戸。
のれんの向こうにはこれまた水色のレトロなタイルの洗面所がのぞいている。
う~ん、これはいきなりグッときた。
部屋も昭和な商人宿な感じだった。
さて、まずは温泉、温泉、ということで、風呂場へと向かった。
例の急な階段を足を踏み外さないようにそろりと降りて、
浴室ののれんをくぐると…
おおお~!期待を裏切らないレトロなタイル貼りの湯船があるではないか。
タイルだけではない。
脱衣所と浴室が一体になっていて、階段で降りていく造りもレトロだ。
水色のタイルに黄色いケロリン桶が最高に似合っている。
この色彩は昭和だねえ。いいねえ。
湯もさらりとしていい感じだ。
3つに分かれた湯船は温度がすこしずつ違う。
遅い時間だったから、独占状態。はい、昭和ノスタルジーを贅沢に独占というわけである。
こりゃあ、幸せですわ。
一番熱い湯にしばらくつかって、幸せをむさぼった。
日奈久温泉といえば種田山頭火のゆかりの温泉地でもある。
かつて山頭火は日奈久温泉を訪れたときにこんな言葉を残している。
温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、
出来ることなら滞在したいのだが、いや、一生動きたくないのだが…
放浪の俳人の放浪の思いをぐらつかせたわけですね、
わかるねえ。わかりますよ。
翌朝の朝食はこんな感じ。
正しき旅館の朝ごはん。
昨夜は到着が夜だったため、
日奈久温泉街の町並みがよくわからなかったので、
のんびり町を歩くことにした。
で、ちょっと歩いただけで…、
魅了されました。日奈久温泉街の、なんとも、ひなびた町並みに。
そもそも、ひなびているとはどういうことなのか?
それは、たんに田舎っぽいということではなく、
そこに、長い時間や人の体温のようなものがしみているものだと思う。
日奈久温泉街はまさにそんな町だった。
「なまこ壁」がめずらしい村津邸。日奈久温泉の名所である。
日奈久温泉は、ちくわが名産品。販売所がいたるところにある。
竹細工もちくわに並ぶ名産品だ。
どうですか?日奈久温泉のひなびた町並みの風情は?
歩いているだけでも、なんだかこの風情に癒やされてしまうのですねえ。
で、そんな日奈久温泉の町を見下ろす形で、高台に温泉神社が鎮座している。
その昔、父親の刀傷が治るようにと安芸の厳島神社に
祈り続けた親思いの六郎左衛門さんという人が日奈久にいたんですね。
で、祈願の満願の日に六郎左衛門さんに神のお告げがあったのだという。
海の浅瀬を掘ってみよ、と。
さっそく掘ってみるとそこから温泉が湧きでた。
その温泉につかって六郎左衛門の父親の刀傷が治ったのだという。
これが日奈久温泉のいわれ。
長い階段をひたすら登っていくと社殿があって、
その温泉神社の横には、さらに稲荷神社の赤い鳥居が連なる石段があって、
ふう…、なかなかのハードな道のりである…
温泉神社の境内からは日奈久温泉の町が見渡せる。
海の浅瀬を掘って温泉が湧いたという神社の縁起を裏づけるかのように、
日奈久温泉の町が海へせり出している様子が一望できる。
あいにくの曇り空だったので、海と空が溶け合ったかのように見えた。
それはそれでいい感じである。
帰り際に山頭火が日奈久温泉を訪れたときに泊まったという木賃宿「織屋」を見学した。
ちなみに木賃宿とは当時の一般的な旅籠の五分の一くらいの宿代で泊まれる安宿である。
部屋は相部屋。食事は自炊。そのための薪代を払って米などを煮炊きすることから、
「木賃宿」と呼ばれるようになったのだという。
山頭火が織屋に泊まったのは昭和5年のこと。
そのころはこの部屋の窓からは、日奈久の浅瀬の海が見えたのではないだろうか。
この部屋で山頭火は、例の乞食坊主姿で粗悪な安酒をぐびぐびあおりながら、
海を眺めて、破天荒な詩人の想像力を、その景色の上にふわふわと遊ばせていたのだろう。
きっとそうに違いない…
…なんて、勝手な想像をしながら、
この、ひなびのワンダーランドのような味わい深い日奈久温泉を後にした。
鏡屋旅館 http://www.hinagu.jp/yado_main/kagamiya.html
記事:ショチョー
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